holo- (接頭辞) まるごとの、完全な
holo- のついた語
18世紀以前に用例のある、holo を語頭にもつ英単語を、OED からすべて掲げる。
英単語 | 初出 | 初出時点での意味 |
---|---|---|
holocaust | 1250 | (ユダヤ教の神殿における)焼き尽くす献げ物 |
holagogue | 1683 | 病的気質を排出する(と考えられていた)医療 |
holometer | 1696 | ありとあらゆる測定が厳密に可能な(概念上の)装置 |
holographic | 1727-41 | 自筆の証書[遺書, 手紙]の |
holothurian | 1792 | ナマコ、ウミウシを含む(現在は使われていない)分類に属する動物 |
19世紀に入ると、自然科学や科学技術に関連する新語で holo- がさかんに用いられるようになった。その一部を次に掲げる。
英単語 | 意味 |
---|---|
hologram | レーザーを用いた立体写真 |
Holocene | 沖積世† |
holohedral | 与えられた系において対称性を満たす最大面数の結晶 |
holomorphic | 複素数の開集合から複素数への関数が微分可能 |
注† "洪積世"の後、フランドル海進から現在までの地質年代が"沖積世"と呼ばれていた。2008年、国際地質科学連合により地質年代の新しい定義が批准され、"沖積世"は Holocene に対応する訳語"完新世"で呼ぶことになった。なお、フランドル海進は、ヨーロッパで旧約聖書の「ノアの洪水」に比定されていた海進で、日本では縄文海進に相当する。"洪積"、"沖積"という名称は「ノアの洪水」にちなんでいた。
焼き尽くす献げ物
このように、英語における接頭辞 holo は、ギリシャ語聖書(七十人訳)からラテン語聖書(ウルガタ)を経て英語聖書に借用された holocaust (=ギリシャ語: ὁλόκαυστον = ὅλος(完全に) + καυστός(焼く)) の語に始まり、とくに19世紀以降、知識人たちが造った新語によって広まっていった。
ギリシャ語聖書が ὁλόκαυστον (olokauston)と訳している語は、ヘブライ語旧約聖書の עֹלָה (olah) だ‡。Strong's Concordance によると、עֹלָה (olah) の原義は「上昇する、上る。階段の踏み板、または集合的に上りの階段」である。転じて「焼き尽くす献げ物(新共同訳)」の意味が生じた。
つまり、holocaust はもともと holo だけで(地上に何も残さず)天に昇る(献げ物)の意味があった。ユダヤ教は生贄の動物を焼き、煙が昇ることで天に献げるが、そのやり方を熟知した翻訳者が caust (焼く)を必ずしもそれを知らないギリシャ語話者のために説明的に追加したのだ。
なお、ナチスが行った大虐殺という意味での the Holocaust の初出は、1942年の英紙 The News Chronicle である。
注‡ この語は、創世記8:20, 22:2,3,6,7,8,13にある。他の旧約聖書でも頻出し、全体で289回出現する
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少し昔の中野の歴史を調べている私たちのサークルで書いたエッセイです。東京・中野駅に近い、古民家があるバプテスト派の教会で、まだ洗礼を受けるでもなく教会員になるでもなく過ごした日々のあれこれや、キリスト教的な英語の話題をまとめました。よかったら買ってね☟。
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2024/3/2 黒絵 魚 記