中野ミニ知識

中野ミニ知識: 創価学会中野会館 ☜ 1963年の天神商栄会の写真

かんぶつ【乾物】 魚類や野菜などを乾燥・加工して,貯蔵に便利なようにした食料品。干し魚・かんぴょう・昆布・焼き麩など。干物。「乾物屋」 大辞林 第三版 天神商栄会「信濃屋商店」 創価学会中野会館 [PR] 下の地図で赤いピンの立つ地点は、現在は個人宅…

中野ミニ知識: 荒玉水道 ☜ 街なかに残る100年ちかく昔のマンホール蓋

荒玉水道 大正時代から山の手地域は人口が急増しました。そのため水道の敷設が急務となり荒玉水道が敷設されました。これは世田谷区砧から多摩川の水を引いて中野・杉並・豊島・板橋・練馬・北区に水道供給をするためのものでした。 (中野区ホームページ 「…

中野ミニ知識: 逓信省用地 ☜早稲田通りに残る界標

かいひょう【界標】 土地や水面の境界を示すしるし。 大辞林 第三版 逓信省用地 官舎があった? [PR] 逓信省用地 早稲田通り(☝︎地図でピンの立つ地点)に、"遞信省用地"という文字が刻まれた御影石の界標がある。 遞信省用地の界標。東京都中野区中野5丁目、20…

中野ミニ知識: 賀川豊彦像 ☜中野総合病院前から消えた銅像のゆくえ

かがわとよひこ【賀川豊彦】 (1888〜1960)牧師。兵庫県生まれ。神戸の貧民街で伝道をはじめ、その後、労働運動・農民組合・生協活動の指導に当たる。自伝的小説に「死線を越えて」がある。 大辞林 第三版 賀川豊彦像 残念な結末 [PR] 賀川豊彦像 先日、202…

中野ミニ知識: 桃園橋 ☜最後の橋はメートル法で作られた

桃園橋 (かつて東京都中野区中央4-5丁目にあった) 江戸時代から2021年まで 現在 [PR] 江戸時代から2021年まで 現在桃園川と呼ばれる川の、現在JR中野駅の南側に相当する場所には、江戸中期には橋があった。将軍徳川吉宗が架けさせた小さい橋は、長さ幅とも2…

中野ミニ知識: 東畑精一 ☜中野駅南に居住、三木清の遺体を引き取る

東畑精一 (1899-1983、農業経済学者) 堀江恭一の借家人たち 三木清獄死の報を受けて 東畑精一の住居その後 [PR] 堀江恭一の借家人たち 1923年の関東大震災のあと、のどかな農村だった中野は都心からの避難者で人口が急増した。 旧中野村名主の子孫、堀江恭一…

中野ミニ知識: 千光前通り ☜中野駅南の道路の通称。堀江家墓所に由来

千光前通り (東京都中野区中野2丁目) 由来 表示 [PR] 由来 JR中野駅の南口から線路沿いに東に向かう一方通行の道路は、地元で千光前通りと呼ばれている。 千光前通り。東京都中野区、2023/2/10撮影 このあたりは旧町名を千光前町といった。下記リンクの通り…

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