キリスト教英語ミニ知識: pastor ☜ (プロテスタントの)牧師。原義は羊飼い

pastor

sb.  [ME. and AF. pastour, = OF. pastor, pastur (12th c. in Littré), ad. L. pastōr-em shepherd, lit. 'feeder, giver of pasture', agent-n. from pasc-ěre to feed, give pasture to. In 16th c. the ending was changed to -or after L.]
1. A herdsman or shepherd. Now unusual.
- Oxford English Dictionary 2nd Edition (OED)

実詞 a) [中英語およびアングロフランス語 pastour, = 古フランス語 pastor, pastur (12世紀。リトレ辞典より), ラテン語 pastōr-em 羊飼い、逐語的な「牧草(pasture)を食わせる、与える者」すなわち pasc-ěre 牧草を食わせる、与えるについての行為者名詞からの借用。16世紀に末尾がラテン語に合わせた -or となった]
1.  牧夫または羊飼い。ただし現在ではこの意味でほとんど用いられない。
- OED (筆者和訳)

a) 曲用する一品詞とした名詞および形容詞の総称

羊飼い(shepherd) vs. 管理者(manager)

映画『教皇選挙』で、主人公のローレンス首席枢機卿(原作小説ではイタリア出身のロメリ首席枢機卿)は、死期を悟った教皇に、信仰上の悩みを告白し隠遁を申し出る。しかし、つぎのように言われただけで隠遁は叶わず、ローレンス(ロメリ)はひきつづく教皇選挙(コンクラーベ)で止むを得ず責任者を務めながらも苦悩に悶える。

'Some are chosen to be shepherds, and others are needed to manage the farm. Yours is not a pastoral role. You are not a shepherd. You are a manager. Do you think it's easy for me? I need you here. Don't worry. God will return to you. He always does.'
- Robert Harris (2024) "Conclave" Penguin Books, p.6 l.-1 - p.7 l.5.

「ある者は羊飼いとして召され、そして、ある者は放牧場の管理者を委ねられます。あなたの役割は羊たちを導くことではありません。あなたは羊飼いではない。あなたは管理者です。私がおめおめとあなたを隠遁させると思いますか? あなたはここにいる必要があります。心配ありません。神はあなたに戻ってきます。いつも神は戻ってきてくださるのですから」
- "Conclave" (筆者和訳)

前教皇の言葉にある「羊飼い(shepherd)」と「管理者(manager)」は、新約聖書に記載のある、教会における役割の名称である(後述)。牧畜用語は聖書で多用されており、正確に意味を把握しておかないと面白味が激減するので、ここで解説しておきたい。

キリスト教と牧畜

西アジアでは、古代オリエント文明が発生した時代にすでに、人民を支配するものがしばしば ⟨羊飼い⟩ という語をもって形容されている。キリスト教世界でも、精神の教導者である司祭に、⟨パストゥール⟩ とか ⟨シェプァード⟩ といった、羊群管理者を示す語b)が当てられている。中国でも、人びとを管理する役人に ⟨牧民官⟩ という語が当てられた。
- 谷 泰 (2010)『牧夫の誕生:羊・山羊の家畜化の開始とその展開』岩波書店, p.7 ll.15-18.

聖書では、羊飼いは危険で汚くてきつい仕事であるにもかかわらず、差別や蔑視をされていない。それどころか、羊飼いは貧しいけれども人々のあこがれの聖なる職業である、としか読めない。

たとえば、啓典の民の始祖アブラム(アブラハム)は羊飼いだった(創世記 13:2-8)。トーラーの著者とされる預言者モーセも羊飼いだった(出エジプト記 3:1)。古代イスラエル連合王国の第2代の王ダビデも、かつて羊飼いだった(‭‭サムエル記上‬ ‭17‬:‭34‬)。また、神自身も、「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない」と賛美され(詩編23:1)、イエスが「わたしは良い羊飼いである」と自己紹介している(ヨハネによる福音書 10:11)。

上で引用した谷 泰 (1934-。西洋史。京大名誉教授) がいみじくも「理想的エデン段階での人間は、神によって、動物殺害をしない、穀類は果実を食するものとして規程され、人間の堕落とともに殺害を前提とした生活が始まったとされている。…(中略)… 動物殺害を介した食を生活倫理から見て下位に、動物殺害を介さない食を上位に置くという食生活上のイデオロギーが成立するには、動物殺害を介さない乳利用の可能性が開かれていなければならず、まさに搾乳による乳利用の可能性を前提として初めて成立しうる食倫理と言えないだろうか」(上掲書 p.159 ll.4-17)と述べたように、約束の地には乳と蜜が流れている(出エジプト記 3:8)。そうすると、乳という理想的エデン段階の食品を得る仕事が蔑まれる仕事であるはずはない。

にもかかわらず、羊飼いは最底辺の仕事であり差別や蔑視の対象だったとする誤った言説(都市伝説)が、牧師、神父等により広められ続けている。この都市伝説c)は、おそらく、イエスの誕生を天使により最初に伝えられたのが羊飼いだということ(ルカによる福音書 2:8-12)と、当時の社会で除け者扱いをされていた奴隷や娼婦そして嫌われ者の徴税人が新約では救いの対象に含まれ肯定的に描写されていることなどが、説教者の脳内で「羊飼いのような最底辺の者にイエスの誕生という重大な慶事が真っ先に知らされるくらいだから、みなさんのところへも真っ先に良い知らせが行きますよ」というふうに安直に魔合体してしまった結果であると考えるほかない。

b) 英語 pastor, shepherd (= sheep + herder)、ラテン語 pāstor、古代ギリシア語 ποιμὴν (翻字 poimén)、ヘブライ語 רֹעֶה (翻字 ra`ah)
c) 下線の言説を「都市伝説」と呼んだのは、David A. Croteau(2015)"Urban Legends of the New Testament : 40 Common Misconceptions" B&H Publishing Group。被差別民が屠畜等を行った過去を持つ日本のみならず、ドイツやアメリカでさえも「羊飼いは最底辺の仕事であった」というヘイトスピーチをする人が居る。この差別意識に基いて少なくとも一冊の疑似神学本 (Joachim Jeremias (1962) "Jerusalem zur Zeit Jesu" Vandenhoeck & Ruprecht [英訳: Internet Archive])が著されているが、この本へはたとえば"Were Shepherds Despised Outcasts in Jesus’s time?"がきわめて説得力のある反論の労を執っている
教皇選挙の管理者(manager)

新約聖書によるとパウロは、クレタ島(ギリシア)の教会に残したテトスという名の人物に手紙を書き、ひとつの町ごとにそこにある複数の教会を束ねる、長老たちから成る合議体 (古代ギリシア語 πρεσβύτερος = 長老の[者たち]。英語訳聖書では elders, presbyters)を立てるよう命じている。

1-4 (手紙の頭語なので省略。挨拶と祈りが書かれている)
5 こう祈っていますから、あなたをクレタに残してきたのは、残っている仕事を整理し、そして町ごとに任命する長老たち[から成る合議体のメンバー]に、わたしが指示しておいたとおり、6 誰かに非難される点がない者、[つまり、]一人の妻の夫であり、誠実な者となった子どもを授かり、放蕩を責められたり、不従順であったりしない者をなすためです。7 なぜならその[合議体の]監督は神の[任命による]管理者ですから、非難される点があってはならないのです。つまり、わがままでなく、すぐに怒らず、酒におぼれず、乱暴でなく、恥ずべき利益をむさぼらず、8 かえって、客を親切にもてなし、善を愛し、分別があり、正しく、清く、自分を制する者をなしてください。9 つまり、信頼すべき言葉を通じて教えをしっかり守る人であって、健全な教えに従って勧めたり、それに言い逆らう者たちをとがめることもできるような者をなしてください。
- ‭‭テトスへの手紙‬ ‭1‬:‭1-9‬(筆者が原典のギリシア語新約聖書より和訳d)

『テトスへの手紙』が書かれた時代のギリシアでは、すでに民主主義的な政治形態の萌芽たるポリス(都市国家)が成立しており、合議体や、その運用に不可欠な(ある特定のひとりの)監督という概念にパウロやテトスは馴染んでいたはずである。ここでの「監督」は、古代ギリシア語で単数形の男性名詞 ἐπίσκοπος (翻字 episkopos) = ἐπί + σκοπός (英語では over + goal) で表されており、英語では overseer と訳されるポリス的な概念を表す語である。

上で太字にした、神の管理者こそが、『教皇選挙』の前教皇がローレンス(ロメリ)に言った「管理者(manager)」である。古代ギリシア語で単数形の男性名詞 οἰκονόμος (翻字 oikonomos) = οἶκος + νόμος (英語では house + Law (大文字で始まる Law はトーラーを表す)) が用いられ、これは英語訳聖書で manager, steward, administrator 等と訳されるキリスト教的な概念を表す語e)である。

つまり、この聖書箇所では、ポリス的なものを雛型にキリスト教的な合議体を構成しなさい、とパウロがテトスに命じたことになる。キリスト教的に正しい合議体なら、たとえば役職に誰かを任命する際それが「神の任命」と見做せるはずだが、そのためには、「誰かに非難される点がない」という条件を満たす者f)だけで合議体をあらかじめ構成しておけば必要十分であると述べたことになる。このキリスト教的な合議体は「長老たち」πρεσβύτερος (翻字 presbŭ́teros) と名付けられ、監督(over + goal)というポリス的な用語が、「神の(任命による)管理者」(house + Law (トーラー))と言い換えられている。

すると、『教皇選挙』でも、枢機卿同士の駆け引きの場面等で、鑑賞者に「神の任命」についての知識があるかどうかで映画の解像度が変わってこないだろうか。ローレンス(ロメリ)にしても、神に召されたからこそ羊飼いの現場でいままでずっと働き余生を修道院で過ごすつもりだったのに、ある日、人間の上司に「君は現場はぜんぜん駄目だったけど管理職ならこなせるから今後はそっちだけでお願いね」と言われたわけで、かなりのショックだったのだ。

d) 歴史的事情で『テトスへの手紙』1:6 節の始まりが一文の中途半端な位置にある。その結果、どの日本語訳聖書(新共同訳等)も非常にわかりにくい訳文となっている。本稿では、原典の古代ギリシア語から テトスへの手紙逐語訳titushttps://www.scripture4all.org/OnlineInterlinear/NTpdf/tit1.pdf 等を参照することで翻訳した
e) OED の econony の項では、その語源を古代ギリシア語の οἰκονόμία (οἰκονόμος の女性形)であるとし、"In Christian Latin the accepted transl. of οἰκονόμία was dispensatio (cf. L. dispensator = Gr. οἰκονόμος steward); hence in certain Theol. senses economy and dispensation are used convertibly." と述べている。すなわち、シオニストや福音派やペンテコステ派の多くが採用するディスペンセーション主義(参考: Wikipedia)では、οἰκονόμος とdispensation が同義語として完全互換的に用いられる。この事情があるので、たとえばイスラエルのガザ等への侵略を支持するクリスチャン・シオニストの牧師にこの『テトスへの手紙』1:7 あたりを説教させれば、一般的なクリスチャンがほとんど理解できないほど高揚した態度で意味不明な説明をするはずだ
f) 具体的には、一人の妻の夫であり、忠実な信者となった子どもを授かり、放蕩を責められたり不従順であったりせず、わがままでなく、すぐに怒らず、酒におぼれず、乱暴でなく、恥ずべき利益をむさぼらず、客を親切にもてなし、善を愛し、分別があり、正しく、清く、自分を制し、信頼すべき言葉を通じて教えをしっかり守り、健全な教えに従って勧めたりそれに言い逆らう者たちをとがめることもできる者
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少し昔の中野の歴史を調べている私たちのサークルで書いたエッセイです。東京・中野駅に近い、古民家があるバプテスト派の教会で、まだ洗礼を受けるでもなく教会員になるでもなく過ごした日々のあれこれや、キリスト教的な英語の話題をまとめました☟。

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2026/5/1 黒絵 魚

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